Ⅰ
指の位置が
さだまらない
「レ」の音が出ない
出ない音を探し
指をずらす
ひとさし指
開放されない弦
いつからか君は泣き顔に変わり
そして、いつからか
チェロを抱え音を探しながら
眠っている
Ⅱ
はじめに
四本の弦を
一本ずつボーイング
「ド」と「ソ」と「レ」と「ラ」と
指で押さえることもなく
ありのままの
解き放たれた音
音は耳で探し
指で覚える
ありのままであることを拒むように
母の叱咤は続き
チューンアップ
そこから始めなくてはならない
君のレッスン
Ⅲ
三本目のチェロが
やってきた
新たな弾き手としての君の前にやってきたのは
四分の一というサイズのチェロ
指の位置の塗料が少しだけ剥げ
音が厚ぐなって
ソナタを弾く姿勢も大人っぼくみえるようになった
一本目はSさんにいただいた
十分の一
五才になったら始めさせたいとの周りの思いと
「チェロをやりたい」と
口走ってしまったそのひとことと
まもなく
バイオリンをちょっとだけ大きくしたチェロが
君の毎日の泣き友達になった
二本目は十五万円で買った八分の一
君の背丈についていけず
一年ももたなかったチェロは
部屋の片隅で
成長を見守っている
五才、六才、七才
カブトムシにへばりついたカマキリのように
君はチェロと戦ってきたのか
杖のように
三本のチェロに支えられてきたのか
十分の一、八分の一、四分の一と――—
いまでも繰り返し
泣くことを続けている
君よ
Ⅳ
君がチェロを弾いている間に
ぼくは階下で掃除機をかける
チェロの音とともに
ときおり母親の叱る声が
騒がしさの合間に聞こえてくる
君のおばあちゃんは
居間で新聞を読んでいる
老眼鏡の奥から天丼の方を上目遣いで見やりながら
ぼくは台所で皿を洗う
チェロの音とともに
泣き声が聞こえてくると
壁に掛けられた時計の針が気になり始める
終わりのないチェロに
おばあちゃんは
そそくさと出掛け支度を始める
痛み始めた胃を紛らすために散歩に出ようとする
苛立ちながら
階段を上っていくこともある