仮の姿としてそれは壁に吊るされている。絵であろうとする凧と、
凧であろうとする絵。つらぬくように張られている骨。絡み合うよ
うに地に垂れている糸。
絵をささえる作者と糸を持つわたしたち。距離は糸の長さであり、
走りながら離れていく。風と糸の張りを確かめながら、えいっと手
を離す作者。空へ―― 。
糸はのばされわたしたちとの距離を広げる。作者との距離も同様に
広げられる。あるいは作者もわたしたちの一人として糸をつかんで
見上げている。
風も必要である。わたしたちの意志にかかわりなく風がその高さと
方角を決める。そして揺れるわたしたちの視線と糸の引き。
糸を引くと骨がしなる。骨がしなると浮力が絵を引き上げる。引き
戻され、さらに糸を引く。そのようにわたしたちと絵は緊張を保っ
ている。次第に高く昇っていく絵。
問題は背景だと耳もとで誰かが囁きかける。いかなる空を背にわた
したちが絵を描けるかと―― 。
いつしか外は雨が降り始めている。背面にまわると骨が見える。そ
して糸の結び目。絵を透かして雨音が聞こえる。