提箸宏詩集 30/60

新年の手紙

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その日
一九七八年十一月十九日
ぼくは喫茶店へ行き
あなたと初めて会った。
三十余り並べられた椅子の一つに腰掛け
二つの話を聞き
そして別れた。
あなたとぼくが
どのような言葉をかわしたのか
かわさなかったのか
あなたの詩のように
「やあっ」とかわしたわけではないだろうが
その日あなたと会って
ぼくは別れられなくなってしまった。
そのころぼくは詩を書き始め
そのころぼくは胸を病んでいて
あなたに自分の詩を同封した手紙を書いた。
十二月二十五日付けのあなたからの手紙には
群馬県群馬郡箕郷町大字柏木沢二三〇三
清水節郎
と印が押され
宛先には
榛名町中室田五九八九
榛名荘病院第一病棟内 提箸 宏様
と青インクで
ぼくの詩に対する感想と
「榛名抒情」への誘いが書かれていた。
あなたの訃報を聞いて
その手紙のことを思った。
いい詩を書こうなんて思うなよ
そんなものは死ぬ時に一編でいいんだ
と言っていつのまにか詩を書かなくなったあなた。
新年の手紙もずいぶん書いていないね。
今年はわが家も喪中だから
来年はぜひとも書きたいね。

清水節郎様
今年もいい詩が書けそうな気がしません。
元旦。

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